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京都地方裁判所 昭和32年(ワ)1357号 判決

原告 株式会社ナガサキヤ

被告 株式会社長崎本舗

主文

被告は、「株式会社長崎本舗」の商号を使用してはならない。

被告は、昭和三十二年三月二十七日京都地方法務局において商号「株式会社ビクター」を「株式会社長崎本舗」と変更した商号の変更登記の抹消登記手続をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

当事者双方の「求める裁判」並びに「事実上及び法律上の主張」は、次のとおりである。

(原告の主張)

一、求める裁判

主文第一、二項及び第四項と同旨。

被告は、「株式会社長崎本舗」の商号を変更しなければならない。

二、請求の原因

(一)  原告会社は、現在その代表者である高橋巌が大正十三年頃から京都市内で「長崎屋」なる商号で営んでいた菓子の製造販売の個人商店を昭和十七年十一月「有限会社ナガサキヤ食糧工場」と改め、更に昭和二十年九月十七日組織変更(同月二十八日登記済)して現在の「株式会社ナガサキヤ」となり、昭和二十五年九月十日本店を京都市中京区河原町通四条上る米屋町三百八十五番地に移した(同月十八日登記済)ものであるところ、当初から多年にわたり登記商号である「ナガサキヤ」又は右沿革上の通称である「長崎屋」なる商号を用いて、代表菓子長崎カステーラのほか和洋菓子パンその他栄養食糧の製造販売等を行つており、その商号は広く認識されている。

(二)  被告会社は、昭和三十二年三月十八日商号を株式会社ビクター、本店を原告会社本店の一軒おいた南隣である京都市中京区河原町通四条上る米屋町三百九十八番地、営業目的を各種菓子の製造販売として設立されたものであるが、同月二十日「株式会社長崎本舗」と商号変更(同月二十七日登記済)をなし、この商号を用いて現に長崎カステーラを代表菓子として製造販売している。

(三)  右は原告会社と同種の営業をしている被告会社が不正の目的及び不正競争の目的をもつて原告会社の登記商号たる「ナガサキヤ」及び通称である「長崎屋」のいずれにも類似する商号に変更したものであり、現に他人をして原告会社の営業と混同誤認せしめて原告会社の営業上の利益を害している。よつて、商法第十九条、第二十条第一項及び第二十一条第一項又は不正競争防止法第一条第二号により本訴に及んだ。

(被告の主張)

一、求める裁判

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、請求の原因に対する答弁

(一)  請求原因第一項中原告会社が「株式会社ナガサキヤ」という登記商号を有し、「ナガサキヤ」又は「長崎屋」なる商号を用いていること及び原告会社が和洋菓子パンその他栄養食糧の製造販売をしていることは認めるが、原告会社が長崎カステーラを代表菓子として製造販売していることは否認し、その他の事実は知らない。

(二)  同第二項の事実は認める。

(三)  同第三項の事実は、否認する。被告には不正競争の目的はない。

すなわち、被告会社代表者高田勝は、終戦直後より神戸市、大阪市において長崎本舗なる商号を使用して長崎カステーラの製造販売を行つていたが、昭和二十六年十一月二十日大阪市南区北桃谷町四十九番地、同市北区柴田町四十一番地において、同月二十七日神戸市生田区元町通三丁目百十一番地において、個人名義でその商号登記をなしたものであり、昭和二十四年十一月十七日本店を神戸市生田区元町通三丁目百十一番地高田屋製菓合資会社を設立(ただし、昭和二十七年二月二十日合資会社長崎本舗と変更、昭和三十四年五月十四日株式会社長崎本舗と組織変更)し、現在までに約一億五千万円に及ぶ資本を投じて神戸市生田区、大阪市北区、同市南区の各繁華街、大阪三越、十合、松阪屋の各百貨店等に工場、販売店を設置し、従業員約二百名を擁する一大専門店を作り上げ、純粋のカステーラ発祥地における長崎市においてその商号を有する長崎屋とはチエーンストアの関係をもつものであるところ、近時長崎カステーラに対抗して売出しつつある文明堂カステーラが京都市に進出したので、これにライバル意識を有している右高田勝も対抗上京都市にも長崎本舗なる商号の店をおかなければならなくなり、そこで、元ビクター株式会社代表取締役亡奥村晋氏の協力を得て、右会社の商号を「株式会社長崎本舗」と改めたのであつて、原告と不正競争をする目的等は毛頭なかつたのである。そもそも当時の原告店は看板等も現在のように華麗のものではなく、被告においては右商号変更後原告から内容証明郵便が来て始めてその存在を認識した位であり、当時原告の店舗には洋菓子、喫茶、洋食、かんづめ類、おかき類その他雑品が主としておかれており、その代表菓子と自称するカステーラは店の奥の一隅にあつただけでとても代表菓子とはいうをえない状態であつて、被告としては、原告と競争する必要を全く感じていなかつたのである。更に、長崎カステーラなる名称は、現在では一般化してほとんど普通名詞化しており、カステーラを販売する限り「ナガサキ」あるいは「長崎」と称することは何等違法ということはできない。現に大阪市南区を中心として長崎堂、長崎屋本店、長崎屋、長崎堂加藤本店等の商号がたがいに研を競つている状況なのに、右各店は何らその専用を主張していないのである。そうして、原告は、登記商号は「ナガサキヤ」であるのに、その店頭の代表的ネオン広告その他宣伝印刷物には、あえて第三者の有名商号たる「長崎屋」と表示しており、第三者をして長崎屋の商品と誤認混同せしめているから、商標法第五十一条の類推解釈からして、ナガサキヤなる商号をもつて第三者に対抗しえないものというべきである。

当事者双方の証拠関係〈省略〉

理由

原告会社が「株式会社ナガサキヤ」という登記商号を有し、「ナガサキヤ」又は「長崎屋」の商号を用いて和洋菓子パンその他の栄養食糧の製造販売をしていることは当事者間に争いがなく、この事実、成立が争いがない甲第一号証、原告代表者本人尋問の結果により成立を認めうる甲第二十二号証、原告が使用するしおりであることに争いがない検甲第三号証の一ないし三、検乙第三号証の一ないし四及び検乙第五号証の一、原告店舗の現況写真であることに争いがない検乙第四号証、証人岸厚志、同富田貞一、同門田勇三、同木村敏男、同井原晃、同子安照彦及び同上野照太郎の証言並びに原告代表者本人尋問の結果を総合し更に弁論の全趣旨を参酌すれば、原告会社は、現在その代表者である高橋巌が長崎に赴いてカステーラの製造法を修得して大正十三年頃から京都市内において「長崎屋」の商号で営んでいた菓子の販売の個人商店を昭和十七年十一月九日「有限会社ナガサキヤ食糧工場」と改め、更に昭和二十年九月十七日これを組織変更して「株式会社ナガサキヤ」として同月二十八日その旨の登記を了し、昭和二十五年九月十日本店を京都市中京区河原町通四条上る米屋町三百八十五番地に移して同月十八日その旨の登記を了したものであるところ、当初から引き続き「長崎屋」又は「ナガサキヤ」の商号を用いて代表菓子カステーラのほか和洋菓子パンその他の栄養食糧の製造販売等を目的として営んでいること及び原告会社がその前身個人商店時代から漸次その規模を拡大し、現在においては資本金約一億円に達し、従業員約八百名を擁して広範囲にわたる製品販売業績を有し、カステーラ製造販売業者として有数の大会社となり、本店の所在する京都市を中心とする京阪神地域において原告会社の「株式会社ナガサキヤ」の商号は広く認識されていて、殊に京都市内において長崎屋又はナガサキヤと称してカステーラ等を売る店といえば原告会社を指称する程度に迄なつていることを認めることができ、右認定に反する証人高橋一郎、同宮本慶吾及び同竹本稔の証言部分は採用することができず、その他以上認定に反する証拠はない。

そうして、被告会社が昭和三十二年三月十八日商号を「株式会社ビクター」、本店を原告会社本店の一軒おいた南隣である京都市中京区河原町通四条上る米屋町三百九十八番地、営業目的を各種菓子の製造販売として設立され、同月二十日「株式会社長崎本舗」と商号変更して同月二十七日京都地方法務局においてその旨の登記を了し、この商号を用いてカステーラを代表菓子として製造販売していることは当事者間に争いがないところ、前記原告会社の商号「株式会社ナガサキヤ」は、「ナガサキヤ」特に「ナガサキ」という部分を主要構成部分とし、右被告会社の商号「株式会社長崎本舗」は、「長崎本舗」特に「長崎」という部分を主要構成部分とするというべきであり、「ナガサキ」と「長崎」とは、文字表示上は異なるけれども、発音呼称上は同一であり、しかも、前示のとおり原告会社においては創業以来「長崎屋」の表示も「ナガサキヤ」の表示とともに用いていることを合わせ考えると、原告会社の商号「株式会社ナガサキヤ」と被告会社の商号「株式会社長崎本舗」とは、類似の商号とみるのを相当とし、かつ、前示のとおり原告会社と被告会社の営業目的は、同種であり、被告会社が「株式会社長崎本舗」の商号を用いて各種菓子の製造販売を行うことは、殊に「本舗」の文字を附加することにより被告会社の店舗が原告会社の本店であるかのような外観を呈し、原告会社の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為というべきであり、現に、証人岸厚志の証言により成立を認めうる甲第四号証、同富田貞一の証言により成立を認めうる甲第五号証、同門田勇三の証言により成立を認めうる甲第六号証及び同木村敏男の証言により成立を認めうる甲第七号証、右各証言、前掲証人井原、同子安及び同上野の証言並びに原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、被告会社の前記行為により原告会社の顧客のうちには、被告会社の店舗が原告会社本店から一軒を隔てて南に軒を並べて存在することと相俟ち、被告会社の店舗を原告会社のそれと誤認して苦情を述べる者が少なからず存在するほか、郵便物の誤配、入社志願者の誤認もまた存在することが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はなく、これによれば少なくとも原告会社はその営業上の利益を害されるおそれがあるというべきこと勿論である。

もつとも、カステーラは、その発祥地である長崎にちなんで長崎カステーラとも称せられ、この名称が一般化して普通名称となつていることは、当裁判所に顕著な事実であるけれども、本件全証拠によつても、これを製造販売する者の商号として「長崎」又は「ナガサキ」という部分を含む名称を用いることが普通に慣用化していることは認めがたいから、原告会社の商号「株式会社ナガサキヤ」は特定名称というべきであり、更に、仮りに京都市以外において原告会社と同種の営業目的で、「長崎屋」の登記商号を有する者がいるとしても、前示のとおり原告会社はその前身個人営業時代から京都市において「長崎屋」の商号を用い、会社組織に変更してからも引き続きその名称を用いて営業してきた者であるから、原告会社が「長崎屋」の表示を使用することには、何等の違法はないのみならず、被告会社の行為に因り生じた前段の認定を左右するものでない。

従つて、被告会社が「株式会社長崎本舗」の商号を使用する行為は、不正競争防止法第一条第二号に該当し、営業上の利益を害されるおそれのある原告会社は、同条によりその使用を止めるべきことを請求することができ、かつ、その使用禁止の目的を達成するために被告会社のした前掲商号変更登記の抹消登記手続をも求めることができるものと解するのが相当であり、以上の結果本件においては被告会社は必然的にもとの商号「株式会社ビクター」に復帰することになるが、積極的に「株式会社長崎本舗」の商号を変更すべきことまでを求めうる請求権の根拠はみいだしえないものというべきである。

よつて、原告会社の本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条及び第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内貞次 石井玄 日高千之)

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